国内畜産発展への可能性を秘める パルシステムの「畜産生産指標」(社会貢献活動レポート|2009年4月)
2009年4月1日
パルシステムでは2006年から、畜産生産者が生産状況をチェックする「畜産生産指標」を策定し運用しています。
「当初は、畜産を知らない人に生産現場の努力を理解してもらうしくみのひとつとして提案した」と、策定にかかわった獣医師で、パル・ミートの顧問獣医を務める豊浦獣医科クリニックの大井宗孝さんは説明します。その後、畜産生産者の飼育基準としての価値につながり、さらに生産者どうしの交流、技術向上、公開確認会での活用などにも役立っています。全国で普及が進めば、国内畜産の保護にもつながるといいます。畜産生産指標がもつ役割と可能性について、大井さんから話を聞きました。
畜産生産者の努力が見えるような
しくみはつくれないか
「畜産生産指標」とは、簡単にいうと生産にかかわるチェックリスト。たとえば「飼養管理記録が整備されている」「未利用資源の活用を実施または目指している」のような項目が、「養豚版」「肉牛版」「酪農版」「採卵鶏・肉用鶏版」にそれぞれ設けられています。それらの項目を「A=必須項目」「B=努力項目」「C=チャレンジ項目」に分類。Aは全産地、全生産者が必ず達成すること、Bは多くの産地、生産者で取り組めること、Cはパルシステムの産直だからこそ取り組んでほしいこと、となっています。「Aは基本的に、パルシステムの産直産地、生産者であれば日常的に取り組んでいることなので、困難な項目は入っていません。少し気をつければできることばかりです」(大井さん)。
策定の取り組みが始まったのは、2005年。当時㈱パル・ミート社長に就任したばかりの原秀一・現連合会常務執行役員が「畜産産地の努力を伝えられるようなことはできないか」と、豚肉の産直協議会、首都圏とんトン協議会で顧問を務めていた大井さんに相談したことがきっかけでした。
畜産生産者にとってこれまで、飼育について文章などでマニュアル化されていることはまれで、長年の経験と勘に頼る部分が多くを占めていました。しかし、パルシステムの商品として供給する以上、産地によって品質にばらつきを出すわけにはいきません。策定作業は、大井さんが指標の「たたき台」をつくり、生産者が自主的につくり上げることになりました。「生産者のなかには『本当に策定できるのか』と懐疑的な意見もありましたが、考え方には大方が肯定的でした」と、大井さんは振り返ります。
策定作業が、産地間の情報交流や
飼育管理の見直しに
「ほかの産地は実施しているのに、ウチだけやっていなかった」と気づく生産者もいたそうです。「これまで、豚肉なら豚の生産者だけで同じテーブルにつくという機会はありませんでした。飼育方法について話し合うことは、かえって新鮮だったようです」。その結果、地域の気候風土などの条件で飼育方法が異なっていても「この部分は統一されている」という共通項を見いだすことができました。
「パルシステムの畜産生産指標は、業界的にも先取的な取り組みで、注目を浴びています。畜産関係のメディアを中心に、取材や問い合わせも多い」と大井さんは話します。たとえば、HACCP(※1)やアニマルウェルフェア(※2)は畜産生産指標に挙げられていますが、国でも制度の整備やガイドライン作成などへ向けた取り組みが始まりました。「私もガイドライン策定委員会メンバーのひとりですが、パルシステムの取り組みが認められたために選ばれたと認識しています」。
普及は国内生産者を守ることに
業界内でも半歩先を進んでいるパルシステムの畜産生産指標ですが、「これによって、他者との差別化を図るべきではない」というのが、大井さんの持論。「いち早く生産指標のシステムをつくり、国内で取り組む生産者を増やしていくことが先決」と言います。
食をめぐる状況は、ここ数年相次いで起きた食品事故などから、消費者の国産志向を加速させてきました。しかし外国産の原料、商品だけが事故を起こしているわけではなく、国内でも表示偽装などの問題が頻発しました。「『とりあえず国産であればなんでもいい』という消費者のばく然とした国産志向があるいまのうちに、システムを整え、高いレベルの品質管理体制を整えるべきでしょう」。
一方、世界レベルでは、FTA(自由貿易協定※3)やEPA(経済連携協定※3)といった二国間での輸出入自由化が広がっています。また、WTO(世界貿易機関※4)農業交渉でも、貿易のさらなる自由化へ向けたルールづくりについて協議されています。「日本には現在、このような制度がないため、多くの商品が相手先の基準をもとに輸入されています。日本の制度と同様であることを輸入条件としなければ、フェアな競争にはなりません。国内の生産者を守るためにも、生産指標や認証制度を全国に普及させていくべきです」。
時代を牽引する活動へ
大井さんは取材の前日に、宮崎県の養豚を営む旧知の生産者が経営難から自殺に追い込まれたことを、知り合いから打ち明けられました。「畜産をめぐる環境は、まさに危機的です。こんな状況が続いてはいけません。これを絶つには、従来日本で営まれていた循環型農業を取り戻す必要があるのではないでしょうか」。
大井さんが課題のひとつとして挙げたのは、飼料の問題。非遺伝子組換えの原料は世界的に確保が厳しくなっており、価格高騰から生産者の環境は危機的状況となっています。統計にあらわれない個人規模の農家では「かなりの数」が廃業しているそうです。「もともと、日本において畜産は、し尿を田畑へ肥料としてかえすために存在しました。現在は耕作地もなくなり、たい肥需要も減少しています。耕作地が減少することは、多面的な意味で日本のピンチなのです」。そういう点からも大井さんは、日本の農業再生を掲げてパルシステムが進める「100万人の食づくり」運動に期待しています。
パルシステムの産直生産者たちが自ら策定に取り組んだ畜産生産指標(ボランタリースタンダード)は、日本の農業再生にとっても、大きな役割を果たす可能性を秘めていますが、大井さんは今後の課題として「次へのステップアップ」を挙げました。「現代は、当たり前のことを当たり前にできていない時代です。パルシステムの取り組みは時代を先取りしていますが、それを付加価値として考えるのではなく、世の中の流れを見極め、当たり前なのにできていないことへ焦点を当てることで、時代を牽引していく活動となることを期待します」。
※1…HACCP(ハセップ・ハサップ)=1960年代に宇宙食の安全性を確保するため開発された食品の衛生管理手法。農水省では畜産版の「農場HACCP」認証基準の策定を進めている。
※2…アニマルウェルフェア(家畜福祉)=動物の快適性に配慮した飼育。1.飢えと渇きからの自由、2.不快からの自由、3.痛み、障害および疾病からの自由、4.恐怖と苦しみからの自由、5.正常な行動をする自由――が定義されている
※3…FTA(自由貿易協定)・EPA(経済連携協定)=関税を撤廃するか極めて低くすることで経済交流を活発化させたり、食料、エネルギーなどの安定供給を図る協定。FTAが関税に特化しているのに対し、EPAは関税以外の規制などにも踏み込んだ幅広い協定となっている
※4…WTO(世界貿易機関)=自由貿易促進を目的とした国際機関。現在、新たな農産物の貿易ルール策定のための農業交渉が続けられている
*本ページの内容は2009年4月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合があります。あらかじめご了承ください。